COLUMN

フルーツの力で、被災地に笑顔を。東北地方最大の大規模「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」2021年3月開園に向けた“意義ある”軌跡

2020年8月19日

※新型コロナウイルス感染症対策を実施した上で取材と撮影を行なっております。
東日本大震災で甚大な津波被害を受けた仙台市東部沿岸部に、東北地方最大の大規模「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」が2021年3月に開園します。震災から丸10年を迎える節目の時に、一体どのような施設が誕生するのでしょうか。
今回は、運営を担う仙台ターミナルビル 観光農業部のみなさんに、会社としての農業進出第一弾である「せんだい農業園芸センター みどりの杜 観光果樹園」での取り組みや開園に向けた準備、意気込みなど幅広く語ってもらいました。

農業を軸に復興事業を構想。テーマは「観光果樹園」

JR仙台駅に直結する大型ショッピングセンター「エスパル」の運営会社として、1978年に誕生した仙台ターミナルビル。40年以上にわたる歩みの中で、事業領域・エリアを拡大させ、2020年8月現在では、宮城県・福島県・山形県のエスパル4館・ホテルメトロポリタン仙台などホテル4館を運営しています。
同社が農業事業を起案したのは、2013年。JR東日本グループが掲げた「グループ経営構想Ⅴ ~限りなき前進~」が発端となりました。

仙台ターミナルビル観光農業部長の渡部善久さんは、その概要についてこう説明します。

「東日本大震災の翌年に発表された、JR東日本グループ『グループ経営構想Ⅴ~限りなき前進~』は、駅周辺の開発のみならず、街づくりや地域貢献など“復興”が大きな柱となっていました。それらの具体的な施策のひとつが『地域再発見プロジェクト』であり、『6次産業の推進とその基となる1次産業(農業)進出』でした。」(渡部さん)


仙台ターミナルビル株式会社 上席執行役員 観光農業部長 渡部善久(わたなべ・よしひさ)さん

 

震災復興、地域貢献、そして農業振興。このすべてを満たしつつ、1企業が農業参入しやすい事業の形を模索していた頃、アドバイザーとして関わっていたのが、当時、宮城県農業・園芸総合研究所所長だった菊地秀喜さんでした。

「その際に菊地さんから勧められたのが、観光果樹園。宮城県は、福島県や山形県のように果物栽培が盛んではない上、100万都市・仙台市内にはなぜか大規模な観光農園が存在していない。競合なき立地を踏まえ、『果物の品質さえ担保できれば、必ずリピーター客は増やせる』というのが菊地さんの見立てでした」(渡部さん)

財務部での経験が長く、経営企画の領域にも明るい渡部さんは、事業性と継続性のある果樹園にするためには、10ヘクタール以上の広大な圃場が必要だと試算。条件を満たす土地探しが始まりました。

「復興を前提としたプロジェクトだったため、特に被害の大きかった海側のエリアを中心に探しました。果樹の栽培に適した土地がなかなか見つからない状況の中、舞い込んできたのが『仙台市農業園芸センター再整備事業』のお話でした」(渡部さん)

「一年中果物が摘み取れる体験型観光農園」で既存施設を再生

「仙台市農業園芸センター」は、1989年に開設。都市型農業確立の拠点施設として親しまれてきましたが、東日本大震災の津波による塩害に遭い、多くの植物が枯死。再整備を余儀なくされました。仙台市は同センターの再建と復興のため、運営委託先を公募。そこに手を挙げたのが仙台ターミナルビルでした。

「市から求められた運営ミッションは、地域の農業再生支援でした。センターのある東部地域は『農と食のフロンティアゾーン』と位置づけられ、早期から復興に向け力を注がれていたエリアでした」(渡部さん)

2015年6月。正式に委託が決まった仙台ターミナルビルは、かねてより構想していた観光果樹園をベースに準備を進めていきます。

そして、2016年4月。仙台市農業園芸センターは、一般客向けの収穫体験のほか、農業研修機能を兼ね備えた「せんだい農業園芸センター みどりの杜 観光果樹園(以下、みどりの杜)」としてリニューアルオープンを果たしました。

コンセプトは、「一年中果物が摘み取れる体験型観光農園」。1.2ヘクタールの圃場に、リンゴ、ニホンナシ、ブドウ、ブルーベリー、イチジク、トマトが栽培され、季節ごとに品種の違う果物・野菜(トマト)の収穫を楽しむことができます。

「一年を通し、収穫体験、研修受講、視察などで来園されるお客さまがその都度、何らかの果樹・野菜の摘み取りができる楽しみ、学びを体験してもらえる。そんな施設が理想的だと考え、このようなコンセプトを掲げました」(渡部さん)

仙台ターミナルビルの農業事業計画時よりアドバイザーとして関わり、現在はみどりの杜で果樹栽培の技術指導や研修講師、収穫体験の案内を行う前出の菊地さんは、こんなエピソードを話してくれました。


仙台ターミナルビル株式会社 観光農業部 荒浜・荒井事業所 専門監 農学博士 菊地秀喜(きくち・ひでき)さん

 

「昨年の9月から12月の間に、なんと9回も収穫体験に来たお客さまがいらっしゃって。『このシーズンは、みどりの杜の果物をすべて味わい尽くしたい』と、ブドウ4品種、イチジク4品種、ナシ5品種、りんご6品種をコンプリートされました。
しかも南方の角田市から公共機関を乗り継いで、わざわざ来ていただけた。もともと仙台市内からのお客さまを見込んでいただけに、嬉しい誤算でした」(菊地さん)

省力化、収益性が見込める最先端の栽培技術を導入。農業研修の柱に

みどりの杜の特徴は、栽培品種の多さだけではありません。最先端の栽培技術が複数導入され、農業研修時の展示など幅広いシーンで役立てられています。

果樹・野菜の栽培に導入されている最新技術はリンゴ・ナシの「ジョイント栽培」、ブドウの「根源制限・ポット栽培」、トマトの「養液栽培」。この3つに共通しているのは、従来の栽培法よりも省力化でき、事業としての収益性が見込める点です。

木と木をつなぐジョイント栽培は、神奈川県発祥・日本独自の技術で、ナシ・ウメに関しては同県が特許を取得しています。
研究所に在籍していた頃、菊地さんはこの技術をリンゴに応用。多くの成果が認められ、みどりの杜でも展開することになりました。リンゴのジョイント栽培を実施しているのは全国でも10か所未満と少なく、農業関係者からの注目を集めています。


木と木のつなぐことによって、全体を小さく育成することができるジョイント栽培。

 

「果実が早く実り、たくさんの収量が得られ、品質も揃う。そして何よりも、木を小さく育てられるため、労力の分散が図れる……初めてジョイント栽培を試みた際、期待以上にメリットが多く、驚かされました。

通常のリンゴの木の大きさは9メートル四方。手入れをするのも一苦労で、初心者は脚立に上ってハサミとノコギリを持つだけで、四苦八苦します。しかし、ジョイント栽培で小さく育てれば、丸1日のレクチャーで未経験者でも剪定ができるようになります。
今の時代、いざ企業が農業に参入しようとしても、プロを雇うのは至難の業。一握りのプロと未経験者で収益性ある農業事業が実現できるこの栽培法は、時流に合った技術であると確信しています」(菊地さん)

ブドウに使用されている根域制限・ポット栽培は、根の張る範囲を狭めながら良質の果実を作り出す、画期的な栽培方法です。

根源制限・ポット栽培によって育成されているブドウ。ポットの中に根が収められている。

 

「果物は、水の加減が味を決めると言っても過言ではないのですが、土壌へ直に木を植えてしまうと、天候に左右され、水分コントロールがしにくくなります。
根域制限・ポット栽培は、ポット内で育成し、根の範囲を通常の100平方メートルから15平方メートルに収めることで、水を制限でき、結果甘く良質な果実が実りやすくなる。言ってみれば、盆栽のようなものですね」(菊地さん)

温室の中で育てられるトマトには、養液栽培を導入。土ではなく、ココナッツの皮でつくられた有機培地を利用しながら、植物の成長に必要な養液を与えていく栽培法です。

この養液栽培を採用した理由について、みどりの杜で野菜栽培の技術指導や研修講師を担当する山村真弓さんはこう説明します。


仙台ターミナルビル株式会社 観光農業部 荒浜・荒井事業所 専門監 山村真弓(やまむら・まゆみ)さん

 

「通常、トマトの苗は空に向かって13~14メートルほどの高さに成長します。しかしみどりの杜では、トマト狩りをすることを鑑みて、苗を斜めに誘導しながら高さを調整して育てなければなりません。これが、非常に手のかかる作業でして。
省力化しながらこの目的を達成するには、装置を使って育成できる養液栽培がベストだと考えました。根域制限・ポット栽培同様、水分コントロールが可能なので、味の品質も安定させやすいというメリットもあります」(山村さん)


トマトの養液栽培。堆肥を使わずに、装置を使って必要な養液を与えながら苗を育てる。

 

「復興させたい」と思える土地と出合い、大規模体験型観光農園計画が具体化

観光果樹園として、農業支援施設として。みどりの杜でさまざまな取り組みが展開されていた2017年12月。もともと構想していた大規模体験型観光農園の話が具体的に動き始めました。仙台市集団移転跡地利活用事業へ応募し、無事採択されたのです。

「場所は、震災で甚大な津波被害に遭った東部沿岸部・荒浜地区。海岸からの距離は約700メートルで当然塩害もありますが、検証を重ねた結果『品種さえ厳選すれば、果樹栽培には問題ない』という結論に至り、応募に踏み切りました。
11ヘクタールという広さも魅力的に映りましたし、何よりも、復興事業に見合った土地だと考えました」(渡部さん)

「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」は、みどりの杜と同じく「一年中果物が摘み取れる体験型観光農園」のコンセプトのもと、2021年3月の開園に向け準備が進められています。運営メンバーをはじめ、ジョイント栽培、根域制限・ポット栽培、養液栽培の技術、土壌の改良や環境整備など、みどりの杜で培われたノウハウは、すべてこの新施設に継承されています。

みどりの杜のリニューアルオープン時から、果樹栽培における環境整備に力を注ぎ、現在は「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」の土壌改良も並行して行なう統括作業責任者の丹野淳さんは、この場所の土壌についてこう話します。

 


仙台ターミナルビル株式会社 観光農業部 荒浜・荒井事業所 丹野淳(たんの・じゅん)さん。
丹野さんは、宮城県農業・園芸総合研究所で果樹栽培を手掛けた後2016年に入社。

仙台ターミナルビル株式会社 観光農業部 荒浜・荒井事業所 石川拓真(いしかわ・たくま)さん。
石川さんは米ワシントン州で果樹栽培を1年半学んだ後、2018年に入社。現在は菊地さん、丹野さんのもとで、知識と実技を向上させる日々。

 

「もともとは、住宅地や公園、畑地だった場所を、1区画にして引き渡された土地。雨の湿り具合1つにしても、手前は水捌けがよくても、ちょっと奥に行けば水がたまるという難しい土壌です。みどりの杜で培った経験を活かしながら、場所ごとの水分量の判断を進めていきたいと考えています」(丹野さん)

2020年8月現在、すでに定植されたのはリンゴやブドウなど4700本。土壌改良や仮植えと並行して、11月からオープンまでの間にブルーベリーなど7300本を植えていき、開園時には12000本の木々、そして温室のイチゴハウスで14,000株のイチゴがお客さまをお出迎えする「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」。
体験型観光農園のほか、加工体験スペースや販売コーナー、レストラン、カフェを設け、農園で生産した果物・野菜や地元の生産者が栽培した野菜をあらゆる角度から堪能できる施設となります。

「レストランやカフェのメニュー開発は、当社が運営するホテルメトロポリタン仙台の洋食宴会料理長が担当。エスパル仙台では、他地域での物産展を企画してもらうなど、社内の連携を深めながら、準備に励んでいます。
今後は、JR東日本グループのネットワークを活かして、農作物の販路拡大や商品開発、旅行商品の企画なども積極的に取り組んでいきたいですね」(渡部さん)

消費者の1人であることを意識しながら“ワクワクできる果樹園”をつくり上げたい

――悲しい思い出のある土地だからこそ、たくさんの笑顔を届けたい。

これは、仙台ターミナルビル観光農業部全員の想いです。
山村さんは開園に向けた意気込みについて、こう話します。

「ある日、みどりの杜にトマト狩りを来たお客さまが『荒浜地区でどんな事業をやるんですか?』と質問してきたんです。その方は、かつて荒浜に住んでいた被災者でした。
体験型観光農園をオープンさせる予定で、私は温室でイチゴ栽培をするんですよ、とお話ししたところ、『自分が住んでいた街に、多くの人が笑顔になれるような施設ができるのは嬉しいし、本当に楽しみです』と言っていただけて。
すごく励みになりましたし、同時に実施への責任を感じました。
“自分も消費者の1人”であることを常に意識しながら、ワクワクするような果樹園をみんなで築き上げたいと思っています」(山村さん)


山村さんは「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」ではイチゴの栽培を担当。
温室内は車いすの方がスムーズに移動できるよう、通路幅を広く設けている。

 

菊地さんは、みどりの杜に引き続き、収穫体験の案内を通じて多くの人に「フルーツの本当の美味しさ」を伝えていきたいと話します。

「例えば、『シャインマスカットは緑』というイメージを持つ人が多いと思いますが、完熟すると黄色になるんです。日持ちがしないし、見栄えもよくないから市場に並んでいないだけ。こうした裏話をしながら、実際に黄色いシャインマスカットを召し上がっていただくと、その美味しさにみなさん『えっ!』となる。
売り場に並べられた画一的な商品をただ選んでいるだけの食文化に、ちょっとした気づきを与えられるような案内を今後も続けていきたいです」(菊地さん)

リンゴ、ナシ、ブドウ、カシス、イチジク、ブルーベリー、キウイフルーツ、赤フサスグリ、イチゴ――聞いているだけでワクワクするようなラインナップ。宮城県では珍しい品種も多数お目見えするとのこと。きっと1年中笑顔があふれる、楽しい施設になることでしょう。

2020年8月現在の「体験型観光農園(仙台市荒浜地区)」建設予定地の様子。
この11ヘクタールの敷地に、レストランや直売所などの施設が建設される予定です。